機能や形状
材質や地域
書家として活動をしていた頃の1910年より3年ほど、朝鮮京城にて印刷局書記として仕事をしていた。帰路の際、上海で書・篆刻の大家といわれる呉昌碩と会食し「随縁艸堂」と書かれた扁額をもらいうける。よほど嬉しかったのかその扁額は星岡窯の母屋に掲げられ、また自身の落款も「縁」を「緑」に変えて使用している。随縁(多くの縁に従う)は魯山人の根底に刻まれた言葉であると言えるだろう。1926年、星岡茶寮で開催された第二回魯山人習作展出品作品。
文人書家で篆刻家の呉昌碩から「隨縁草堂」の篆書の扁額をもらい受け、大いに感銘を受けたようです。その後「縁」を「緑」に変えて「随緑草堂」として絵画などの落款に使いました。緑に随うというところが正に魯山人先生の美学の根底となっています。本作品は大正15年に星岡茶寮で開催された『第二回魯山人習作展観』にて「清福居」「楽聞」「心如水」「密竹」ともに出品されています。この時代の篆刻は文字に少し丸味があるのが特徴です。平に彫っているのでなく真ん中の部分が山になるよう立体的な所も鑑賞の醍醐味です。彫琢した初期作品として重要なものになります。左隅に「魯卿」の陰刻があります。
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