魯山人が本格的に漆芸制作へ取り組んだのは、大正末期から昭和初期にかけてである。東京・星岡茶寮を開設し、「料理は器を含めた総合芸術である」という思想のもと、自ら意匠を考案し、金沢の遊部外次郎・重二親子、山中塗の辻石斎、名古屋の稲塚芳朗ら各地の漆工家と協働しながら多くの漆作品を生み出した。魯山人は漆器制作において、形状に細部に至るまで厳しい監督を行い制作させた上で、絵付などの意匠は自ら施すことも多かった。しかし本作は、この造形からも分かるように、ハツリによる造形など、まさに篆刻にも通じる魯山人が得意とした“材を削る”感覚によって制作されたことがうかがえる作品である。均整よりも勢いや動きを優先したような器形には、単なる監修作に留まらない、作家自身の身体感覚が色濃く表れている。根来特有の朱漆は、使い込まれた古根来を思わせる深みある色調をみせ、素朴さの中に力強い景色を宿している。とりわけ見込みに現れた大胆な削りの表情は、単なる装飾ではなく、器そのものへ生命感を与える造形として機能しており、魯山人が追求した“作為を超えた美”にも通じる感覚がうかがえる。また五客それぞれが微妙に異なる姿を持ち、静かな中にも躍動感を備えている点も魅力である。均質な工芸品として整えるのではなく、一客ごとの個性や即興性を尊重した造形には、魯山人芸術の本質ともいえる自由な感性が宿っている。魯山人漆芸の中でも、作家自身の手業と造形意識が強く感じられる、極めて希少な作品である。w16.1 × d × h6.1cm、サインなし、1940年代